2010.03.25
阿部
自分のゼミの下手なことは棚に上げて,独断で書いた手引き書です.暇つぶしに読んで下さい.
原著論文1本だけを取り上げて,20分間などの制限時間を守って紹介する場合を想定しています.
また,文献の収集については,東京大学農学部の場合を想定して書いてあります.他の機関では,文献入手に時間がかかり,さらに早く準備に取りかかる必要があるかもしれません.
目 次 = 全 体 の 手 順
3)発表準備(発表原稿・レジュメ) 並行して関連の論文も読む
最初のゼミでは指導教員が論文を指示することも多いが,2回目以降は自分で探す.
有名な国際誌でも,多くは屑のような論文である(*).このため,ゼミで紹介するに値する 良い論文を探すには意外と時間がかかる.タイトルや要旨をみて面白そうだと思っても,読み終える頃になって「この論文はダメだ」と分かって,探し直す羽目になることも多いので,とにかく,早めに取りかかる.
* 屑のような論文: 1冊の中に2つか3つでも良い論文があれば, 読者としては購読してチェックせざるを得ないから,それでも出版社は儲かる. 自分が論文を書く側になると,屑のような論文1つ仕上げるのでも,なかなか大変ですが...
論文を探す第1の方法は,図書館の学術雑誌の棚で雑誌名を見て,面白そうな雑誌を覗いてみることである.何度か図書館に足を運ぶうちに,自分の専門に近い雑誌がどれか分かるようになる.
第2の方法は,キーワードで特定のテーマに関する論文を探すことである.以前は,電話帳のように分厚い検索誌(Biological Abstracts;通称BA) をめくって探していたが,今は簡単に検索できる.東大農学部図書館の端末,または,UTnetにつながった自分の研究室のパソコンを使う.パソコンを使うときは, Internet Explorer などのブラウザで東大農学部図書館のデータベース一覧のページにアクセスし,「Web of Science」などのデータベースを選択する(データベースの一部は東大専用です.外部からのアクセスでは利用できません注). 検索した論文は,表題や掲載雑誌,要旨などをみることができる(BIOSIS などは,論文のほかに,講演発表の要旨などもヒットしてしまうので,セミナー用の文献を選ぶときには注意すること).
注:自分の所属機関のデータベースが充実していない場合は,Google Scholar や PubMed が便利.
大学や国公立・独立行政法人の研究機関の人は,身分証(学生証)を持ってくれば,東大農学部の図書館で雑誌を閲覧したり,図書館内のパソコンからデータベースや電子ジャーナルにアクセスできる.検索システムは便利だが,キーワードにより範囲を狭めているので,視野を広げたり,意外な面白い論文を発見するというのには,向かない.検索システムは利用しつつ,それとは別に,月に何度かは図書館に行って新着雑誌をぱらぱらとめくってみるという昔ながらの方法も推奨する先生が多い.
セミナーでは,原著論文を紹介する. 複数の論文の内容をとりまとめて解説した総説(review)というスタイルの論文もあるが,総説をセミナーで紹介しても力はつかない.自分の勉強のために読む場合も,総説の中で引用されている元の論文を読まなければ,意味がない.
2.論文を読む [ポイント:Abstractを信用しない/引用文献も読む/目的と結論は何か?]
専門用語は,生物学辞典や各学会の用語集(「新編 作物学用語集」など)などを参照する.指導教員や先輩に聞いても良い.全訳するか,カードなどに 要点だけメモするか,などは個人差があるので自分で判断する.(アルクの「英辞郎 on the Web」も便利ですが,専門の事典に比べて信頼性は劣ります)
読むうちに「○○さんの論文に書かれていたことを確かめるためにやった実験だ」とか,「測定方法はXXの論文と同じだ」といった記載に出くわす.これらの引用文献も入手して読んでおく(これが結構大変).
*一般的な論文の構成: 原著論文は以下のようなIMRD形式が一般的.
0) Abstract(またはSummary;要旨)
論文の要点をまとめたものだが,しばしば成果が誇張されていて,期待して本文を読んでみると大したことがない論文もある.はっきり結論が書かれておらず,「○○
was discussed.」などと尻切れトンボで要旨が終わるものは,データ不足で実験としては失敗のものが多々ある.準備の際はAbstractだけで安心せず,さっさと本文も読むこと.
要旨の前後に,「Key words」や「Abbreviations(略語一覧)」が載っていることが多い.
1) Introduction(緒言)
背景(Backgrounds)と目的が書かれている.
背景は,どうしてこういう研究が必要なのか,従来の研究でなにが分かっていて,なにが不明のままか,など.背景に出てくる引用文献を読まないと,論文の主旨が理解できない場合もある.
目的は,通常,緒言の最後の1段落に書かれており,この実験でなにを明らかにしようとしたのかが書かれた重要な部分である.
学会での口頭発表なども,まず,背景と目的をスライドなどを使いながら明確に説明するのが基本的テクニックである.
2) Materials
and Methods(材料と方法)
結果のデータが信用できるかどうかは,材料と方法にかかっている.実験精度に関わりそうな部分は特に注意して読む.引用文献があれば,それも調べる.
ゼミでは時間の制約があるので,材料や方法の詳細は省略することもあるが,質問されたら細部まで即答できるようにしておく.具体的にどの部分を測った のか,どのような齢の植物体を使ったかなどが,結果を大きく左右することが多い.
慣れてくると,この培養液はみんなが知っているから詳しく話さなくても良いとか,こういう測定法はみんなが詳しく知りたがるから時間をかけて説明した方が良いといった加減が分かってくる.
新しいスタイルの雑誌では,Materials and Methods が最後に回されていたり,省略した書き方になっていることもあります.特に分子生物学の分野でこうしたスタイルが多いようですが,再現性を重視するという科学の基本からすると,あまりいいことではありません.データ捏造の温床にもなりかねません.
3) Results(結果)
図表があるので,比較的読みやすい.鵜呑みにせず,データの信頼性など疑いながら読む.
4) Discussion(考察): Resultsと一緒になっていることもある.
本来なら,ここで明確に結論が書かれているはず.日本語と違って,重要なことから先に書かれていて,終わりの方は「おまけ」という場合も多い.
基本はあくまでも,Introductionの最後にあった目的と呼応する部分(=結論)を探すことである.それが明確で,かつ,実験結果のデータに照らして「確かにそうだ」と思えるものなら,良い論文である.
助動詞をよくみること.mayを使った文は今回の実験のデータでは判断できず,単に可能性を述べていることが多い.
mightにいたっては憶測に過ぎない.特に自分のデータをあまり使わず,やたらと他の論文を引用して議論したあげくにmayやmightでまとめているような部分は話の本筋とは無関係である.そういう部分にばかり気を取られて,ゼミの場で長々話すと,時間をオーバーした上に,わけの分からないゼミになってしまう.
引用されている文献のなかで,重要そうなものは調べておくこと.Introductionでは紹介されていなかった類似の論文が,
Discussionになってから出てきて「実はとっくの昔に同じようなことが他の人の論文で発表されている」と分かることもある.その場合は,その類似の論文もみて,どういう点で進歩があったのかを考える.なにも進歩がないなら,先に発表されていた類似の論文の方をゼミで紹介すべきである(この業界(?)では,誰が先に発表したか,を重んじる).Discussionまで読んでから「つまらない」と分かる論文が多いので,早く準備にかかること(^_^;;.
5) その他
Title(表題), authors(著者): とくに気に入った論文があれば,別刷(コピーみたいなやつ)の請求をかねて手紙やメールを出してみるのも良い.最近は,インターネットでPDFが手にはいることが多く,別刷請求はあまりしなくなったが,自分の論文に興味がある人がいると分かるのは,著者にとって悪い気はしないはず.返事がもらえるかも知れない(^o^).
連絡先は1ページ目の脚注などに電子メールのアドレスが書いてあることが多い.「Corresponding author」が指定されている場合は,その人宛に手紙・メールを出す.指定がなければ最初の著者に出せばよい.
ちなみにページの上の余白に印刷されている略表題は「running title」という.Conclusion(結論): Conclusion(s) はついていないものが多い.ついていても本当の結論ではなく,今後の課題などが書かれていることが多いので, あまり気にしなくて良い.
論文を書く人のためのアドバイス: Conclusion(s) を「まとめ」だと誤解している日本人研究者が多いのですが,それは大間違いです.結論は,考察の中で明確に書かれているはずです.口頭発表のときは,最後に「まとめ」として結論を繰り返すのが普通ですが,論文では,すでに書いたことを無駄に繰り返すのはマナー違反です.Conclusion(s) は,もっと広い視野で見たときの,この研究成果の意義を述べるとか,応用の可能性を示唆するなど,本文には書けなかったことを書くためにあります. http://leo.stcloudstate.edu/acadwrite/conclude.htmlが参考になるでしょう. まともな Conclusion を書くには,かなりの力量が必要です.Conclusion 不要の雑誌であれば,その力量がない人はConclusion は付けずに投稿しましょう.
Acknowledgment(謝辞): ゼミでの紹介には関係ないが,研究費のスポンサーや協力してくれた人の名前などが書かれている.最近はスポンサーは1ページ目の脚注に書かれていることも多い.
References(Literatures cited; 引用文献): 引用文献の一覧.普通は筆頭著者の名字のアルファベット順に並んでいる.
3.発表の準備 [ポイント:アウトラインを決めてから準備する]
まず,発表内容のアウトラインを考えよう.一番大事なこと(=実験の目的と結論)は何か,それを伝えるために 大事なことと,不要なことを整理して,話の順序を考える.原則としては,1背景,2目的,3材料と方法,4結果,5考察(結論)
の順であるが,結果と考察は一緒にして,分かりやすく並べ替えても良い.目的のすぐ後に一度結論を述べておいてから,詳しく方法や結果を解説する「刑事コロンボ方式」(*)も良い方法
である.
話の順序が決まったら,原稿と配布用の資料(レジュメ)を用意する.原稿を先に書くか,それとも,レジュメを先に作ってそれにあわせて原稿を書くかは, 個人の好みによる.
なお,原著論文紹介のゼミでは,書かれている内容を紹介するのが主眼であって,自分の意見を述べる場ではない.発表のはじめに,どうして 自分はこういう論文に関心を持ったかという話をするのはとても良いことであるが,実験結果や考察のなかで著者の意見と自分の意見を 混同してはいけない.どうしても自分の意見を述べる必要があれば,著者の意見ではないことをはっきり断ってから述べる.
* 刑事コロンボ: ピーターフォーク主演の推理ドラマ.最初に殺人シーンが出てくるので,犯人を推理する楽しみはない.コロンボ刑事には,なぜか初めから犯人は分かっていて,いかにしてその証拠を作り出すかがドラマの見所という,ちょっと変わったスタイルの推理もの.推理小説の用語では,倒叙法というらしい.私は見たことがありませんが,フジテレビの「古畑任三郎」という番組も,倒叙式だそうです.
1) 原稿
話し言葉で書く.高校生(あるいは中学生)が聞いても分かるように書く.自分は何度も論文を読んで理解しているが,初めて聞く人には難しいことが多い.先生達もけっして天才ではない.
個人差があるが,400字詰め原稿で10−20枚程度.練習を通して,自分の話す速さと枚数の関係を身につける.図表の説明も,具体的に,話すとおりに書く(例えば,「1の図を見て下さい.これは○○と△△の関係を示したグラフで,縦軸は...」という具合に).普通に話すよりも,ゆっくりした話し方にすることを想定して原稿を書く.説明の上で必要があれば,黒板を使っても良い.その場合は,黒板になにを描いてどう話すかも原稿にしておく.
この原稿はレジュメとともに保存しておくと,将来,役に立つことがある.
2) レジュメ
日付と自分の名前,紹介する文献,簡単な説明,図表などで構成する.
レジュメでの文献の書き方
誰かがあなたのゼミを聞いて関心を持ち,その論文を探すときにどの情報が必要かを考えよう.最低限,雑誌の名前と巻,ページが必要である (普通は年度と巻が対応し,同じ巻の中では,1号からその年度の最終号まで,通し番号でページがつけられている.したがってページが分かれば,号は不要).
このほか,普通は,著者名,年,論文タイトルをつける.東大農学部の図書館では,古い巻と新しい巻は置き場が違うので,年は必須情報である.
例えば,
伝統的スタイルの例
Escamilla, J. A., N. B. Comerford and D. G. Neary 1992. Soil-core break method to estimate pine root distribution. Soil Sci. Soc. Am. J. 55:1722-1726.今時のスタイルの例
Lux A., Luxova M., Abe J., Tanimoto E., Hattori T. and Inanaga S. 2003. The dynamics of silicon deposition in the sorghum root endodermis. New Phytol. 158: 437-441.最先端のスタイルの例
Lux A, Luxova M, Abe J, Tanimoto E, Hattori T, Inanaga S: The dynamics of silicon deposition in the sorghum root endodermis. New Phytol 158, 437-441 (2003), doi: 10.1046/j.1469-8137.2003.00764.x(いずれも,大文字,カンマなど,書式の細部に注意)
いつも決まった書式で記載したほうが,ぱっとみて分かるので便利である.
雑誌名は上記の例のように「INTERNATIONAL LIST of PERIODICAL TITLE WORD ABBREVIATION」に基づいて略記するのが普通だが,Soil Science Society of America Journal といった具合にフルネームで書いても良い.Nature や Science のように1単語からなる雑誌名は省略してはいけない(別にこれらが有名な雑誌だからという訳ではなく,マイナーな雑誌でも1単語からなる誌名は略さないのがルール).
略表記の一覧は,いくつかのデータベースや大学図書館のホームページで提供されている. 例えば, http://www.library.ubc.ca/scieng/coden.html
http://www.issn.org/en/node/344
レジュメの説明と図表
論文中に図表のないものでも,必要に応じて,説明や表,フローチャートなどをレジュメに書く.例えばたくさんの品種を比べているときや,多くの処理区がある場合など,口で説明しただけでは,聞いている人には分からない.レジュメに一覧表を載せておけば理解しやすい.一番大事な,実験の目的と 結論なども箇条書きにして書いておくと良い.
論文の中に多数の図表がある場合,時間配分を考えて不要なものを削る.複雑な表などは,自分でシンプルに書き直し
たり,大事な部分にだけ,マーカーで印を付けておくなどの工夫をする.図表の番号(Fig. 1 とか
Table 1 など)は,もとのままよりも,レジュメの 中で@ABなどの通し番号にして大きく書いておくほうが良い.
用語の説明や測定方法の説明など,必要なら,関連の文献や参考書などからもコピーしてきてレジュメに加える.その場合は,それぞれの出典も明記しておくこと.
ストップウォッチを使って,時間を計りながら何度も練習する.本番同様に大きな声ではっきりと発声して読んでいくと, 原稿の不備な点がたくさん見つかる.その都度赤を入れて修正しながら,納得のいくまで何回も練習する.黙読は意味がない.
黒板を使う場合は,それも含めて練習しておく.図表は,みんなが「どの図かな」と探して目を移すまでの時間なども考慮しながら練習する.持ち時間が20分の場合,19−20分の間になるように練習しておく.原稿の途中に「○○分でここまで」と
いった目標の時間を書き込んでおく.
ある程度上達したら,誰かに聞いてもらって改善点をコメントしてもらおう.自分にとっては簡単なことでも,初めてその話を聞く人には難しいことがある.
*博士課程に進学したり就職したりするととても忙しくなります.学部4年生や修士課程でしっかり練習をしておくと,数年後には,原稿書きや音読をしなくても 「イメージトレーニング」だけで,忙しいときの講演発表などを何とかしのげるようになります(まあ,お勧めはしませんが...).
もう原稿は見ない.みんなの反応を見ながら,ゆっくり話す.
反省して改善点をチェックすることは大切です...が,なかなかそこまではできません.ビールでも飲みに行きましょう.
厳しい先生だと「来週もう一度やり直し!」ということもあります.
1) 聞く人の立場で考える.中学生に話すつもりで.
2) とにかく練習する.聞くところでは,Practice, practice, and practice! だそうです.
3) うまい人の真似をする.最近は国内で開かれる国際会議も増えましたから,覗いてみましょう.欧米のまだ20−30代の若手研究者が,自分の研究 の背景から滔々と説き起こして,ユーモアを交えながら巧みなプレゼンテーション(発表)をするのをみたら,良い勉強になります.白鳥の水掻きと同じで, 優雅なプレゼンテーションのために,彼らは研究室の仲間にアドバイスを求め何度も練習しています.国際会議は参加費がべらぼうに高いのが難点ですが, それだけの価値はあります(もちろん,欧米人でも,とっても下手な人が時折いますが...).
謝 辞: ここで紹介した心得やテクニックの中には,山崎耕宇先生,森田茂紀先生,根本圭介先生をはじめ,栽培研の先達から授かった知恵が多々あります.また名古屋大学の山内章先生からアメリカの研究者の努力の様子を聞かせていただいたことも参考にしています.
1998. 4. 1 第2版を旧栽培研のホームページに掲載 2000. 1. 5
第3版を掲載 2005.6.21 第4版を掲載
2006. 4.26 第5版を agrobio.jp に掲載 2007. 6.21 第6版を掲載 2008. 6. 3 第6版を微修正
2010. 3.25 第7版を掲載
東京大学栽培学研究室 阿部 [無料で閲覧できるオンラインジャーナルです]